高幡不動尊金剛寺(東京都日野市)

関東三大不動の一つ、高幡不動尊金剛寺。
紅葉祭りの頃に撮影したものです。

毎月28日の縁日をはじめ、初詣、節分会、萬灯会などの行事の折には、
大勢の人で賑わいます。

また、境内と山林を合わせて三万坪からなる敷地は、四季折々の景観に彩られ、
あじさい祭り、紅葉祭りなどの催しが行われます。

土方歳三の菩提寺としても有名です。これは、平成7年に建てられた土方歳三像と、
近藤勇・土方歳三の新選組両雄の碑です。
紅葉狩りを兼ねて、山内八十八箇所巡りをしました。

四国八十八箇所霊場のうつしということで、八十八体の石仏を歩いて約1時間
ほどで巡れるようになっています。

凛々しい顔、優しそうな顔、物憂げな顔、仏様の表情はさまざまです。

カップルや学生のグループに多く出会ったのが、意外な感じでした。

美しい紅葉を眺めながら歩いたせいか、八十八体を巡るのも、そんなに大変には
感じませんでした。とはいえ、かなり傾斜のきつい山道の階段を昇り降りするので
ここを訪れる方は、くれぐれも、歩きやすい靴をはいてお出かけください。

2007.11.24 撮影
画像はクリックで拡大できます。
街ログ

高幡不動尊金剛寺“高幡不動尊金剛寺(東京都日野市)”の続きを読む>>
都立東大和南公園(東京都東大和市)

12月はじめのよく晴れた週末、うちの近くにある都立東大和南公園は、例年より遅めの
紅葉に鮮やかに彩られていました。

都立東大和南公園は、多摩モノレールまたは西武拝島線玉川上水駅と東大和市駅の
間にあります。米軍の大和基地跡地の一部を整備して開園された公園です。

広々とした運動公園ごしに見えるのは、旧日立航空機立川工場変電所の建物です。
航空機のエンジンを生産する軍需工場へ送電する変電施設だったそうです。

近づいてみると、外壁に無数の弾痕があります。太平洋戦争末期に米軍の小型戦闘機
による機銃掃射やB−29機編隊の投下爆弾が炸裂してできたものだそうです。
昭和20年2月から3月にかけて3度の空襲があり、隣接する工場は大破しました。
しかし、変電所は、戦後も弾痕跡を残したまま、平成5年12月まで変電所として工場に
電気を送り続けていました。

都立公園として整備される際、当初は取り壊される予定でしたが、貴重な戦災建造物を
保存し次代に伝えたいという市民や元従業員の方々の熱意がひとつの運動となり、平成
7年に東大和市の史跡戦災建造物として指定され、市が保存・管理を行うに至りました。
建物内部には立ち入ることはできませんが、毎年2月に変電所1階にて多摩史跡写真展
が開催される際には、一般に開放され、内部を見ることができるそうです。

2007.12.01 撮影
画像はクリックで拡大できます。
街ログ

都立東大和南公園“都立東大和南公園(東京都東大和市)”の続きを読む>>
マンジュシャゲ
「 暑さ寒さも彼岸まで 」 という言葉は死語になってしまうんでしょうか…と考える今日この頃です。

2007.9.24 向島用水親水路にて撮影
彼岸花、別名マンジュシャゲ( 曼珠沙華 )です。
故人を偲ぶ気持ちから 「 悲しい思い出 」 とか 「 あきらめ 」 という花言葉が
あるかと思えば 「 再会 」「 独立 」「 情熱 」 という前向きな花言葉もあります。

ブロガーのコミュニケーションサイトEditaで仲良しブロガーになったAkiさんのブログPhoto Gallerlyには、マンジュシャゲが咲いている風景の写真がたくさんあります。


2007.9.24 向島用水親水路にて撮影
彼岸花、別名マンジュシャゲ( 曼珠沙華 )です。
故人を偲ぶ気持ちから 「 悲しい思い出 」 とか 「 あきらめ 」 という花言葉が
あるかと思えば 「 再会 」「 独立 」「 情熱 」 という前向きな花言葉もあります。

ブロガーのコミュニケーションサイトEditaで仲良しブロガーになったAkiさんのブログPhoto Gallerlyには、マンジュシャゲが咲いている風景の写真がたくさんあります。
土方歳三ゆかりの地を訪ねて ( 東京都日野市 )
万願寺の駅から歩いてすぐの土方歳三資料館に向かいました。
平成2年に改築されていますが、歳三が少年時代から上洛するまでを過ごした家です。
一角を資料館として、毎月第1、第3日曜日の12時〜16時に公開されています。

モノレールをくぐって、10分あまり歩くと住宅街の中に小さな森が現れます。
江戸中期に土方一族11家によって祀られた氏神の稲荷神社 「 とうかん森 」 です。

「 とうかん森 」 とは 「 稲荷森 」 を音読した 「 とうかもり 」 がなまったものらしいです。
ムクノキ5本、カヤ2本、フジ、ヒイラギの巨木が稲荷大明神の社を守っています。
そのうち数本は、樹齢250年と推定され、樹高20mを越えるものもあります。
歳三の生家は、もともとこの 「 とうかん森 」 の東後方にありました。
彼が十二歳の時、多摩川の出水により一部が流され、残った母屋等が移築されました。
このあたりは浅川と多摩川の合流地点に近く、洪水に襲われることが多かったそうです。

「 とうかん森 」 から近い石田寺にある土方歳三の墓です。
墓石には額に入った遺影が取り付けられていますが、遺骨は埋葬されていません。
遺体の所在については諸説があり、未だ確認されていないそうです。
2007.9.24 撮影
今回歩いた、万願寺から高幡不動までの詳細な地図は多摩新撰組紀行-地図を見てください。
ところで、「 とうかん森 」 のある道のつきあたりに、不思議な風景を見つけました。
「 北川原公園 」 という看板がありますが、こんな階段があるだけです。

階段の向こうには 「 浅川水再生センター 」 の大きな建物しかありません。

おそるおそる階段をあがってみると…
“土方歳三ゆかりの地を訪ねて ( 東京都日野市 )”の続きを読む>>
平成2年に改築されていますが、歳三が少年時代から上洛するまでを過ごした家です。
一角を資料館として、毎月第1、第3日曜日の12時〜16時に公開されています。

モノレールをくぐって、10分あまり歩くと住宅街の中に小さな森が現れます。
江戸中期に土方一族11家によって祀られた氏神の稲荷神社 「 とうかん森 」 です。

「 とうかん森 」 とは 「 稲荷森 」 を音読した 「 とうかもり 」 がなまったものらしいです。
ムクノキ5本、カヤ2本、フジ、ヒイラギの巨木が稲荷大明神の社を守っています。
そのうち数本は、樹齢250年と推定され、樹高20mを越えるものもあります。
歳三の生家は、もともとこの 「 とうかん森 」 の東後方にありました。
彼が十二歳の時、多摩川の出水により一部が流され、残った母屋等が移築されました。
このあたりは浅川と多摩川の合流地点に近く、洪水に襲われることが多かったそうです。

「 とうかん森 」 から近い石田寺にある土方歳三の墓です。
墓石には額に入った遺影が取り付けられていますが、遺骨は埋葬されていません。
遺体の所在については諸説があり、未だ確認されていないそうです。
2007.9.24 撮影
今回歩いた、万願寺から高幡不動までの詳細な地図は多摩新撰組紀行-地図を見てください。
【土方歳三】天保6年(1835年)〜明治2年(1869年)
武州多摩郡日野宿石田村生まれ。土方義諄の末子で、名は義豊。
生前父は死去。次兄・喜六夫妻の手で養育された。
丁稚奉公を経て、家伝の石田散薬行商の傍ら、
義兄・佐藤彦五郎宅の道場で天然理心流の剣を学び、後に試衛館に寄食。
文久3年、近藤勇らと共に上洛、新選組副長として活躍。
慶応4年、負傷した近藤に代わり、新選組を指揮して鳥羽・伏見の地で戦う。
帰東後、甲陽鎮撫隊を結成。近藤の刑死後も奥羽各地で転戦。
旧幕軍の箱館政府樹立後は陸軍奉行並となる。
明治2年5月11日、箱館攻防戦の最中、流弾にたおれた。
高幡不動尊金剛寺のホームページから引用
ところで、「 とうかん森 」 のある道のつきあたりに、不思議な風景を見つけました。
「 北川原公園 」 という看板がありますが、こんな階段があるだけです。

階段の向こうには 「 浅川水再生センター 」 の大きな建物しかありません。

おそるおそる階段をあがってみると…
“土方歳三ゆかりの地を訪ねて ( 東京都日野市 )”の続きを読む>>
向島用水親水路 ( 東京都日野市 )
モノレール沿い万願寺駅と高幡不動駅の間に浅川を渡る新井橋があります。
その新井橋と高幡不動駅の中間ぐらいに、南新井の信号があり、
道路の西側に「向島用水親水路」の入り口があります。
長年使われてきた農業用の用水路を整備した清流と緑を保全する遊歩道です。
私は、万願寺駅周辺を少し散策したあと新井橋を渡って来ましたが、
この遊歩道まで来るだけなら、高幡不動駅からモノレール沿いに歩くのが近道です。
「向島用水親水路」は、ウッドチップをセメントで固めてバリアフリー整備されています。

一時的に小雨が降ったので地面が濡れていますが、ウッドチップわかりますか?
雨が降った時に歩きやすい道とも言えますよね。
それと、自転車は降りて歩行してくださいとの注意書きもありました。

歩き始めるとまもなく「水車小屋」があります。
かつて、この日野の土地で利用されていた水車が再現されたものです。

小屋の中に入って水車の仕組みを見ることができ、木のテーブルとベンチで休憩できる
ようになっています。

ムラサキシキブがきれいです。
この道は間違いなく私の好きな散歩道のひとつになりそうです。

親水路の出口付近の林には、あちこちに曼珠沙華(彼岸花)が咲いていました。

この看板のある「ほほえみ橋」を渡ってすこし歩くと、高幡不動の駅にたどり着きます。
街ログ
向島用水親水路
“向島用水親水路 ( 東京都日野市 )”の続きを読む>>
その新井橋と高幡不動駅の中間ぐらいに、南新井の信号があり、
道路の西側に「向島用水親水路」の入り口があります。
長年使われてきた農業用の用水路を整備した清流と緑を保全する遊歩道です。
私は、万願寺駅周辺を少し散策したあと新井橋を渡って来ましたが、
この遊歩道まで来るだけなら、高幡不動駅からモノレール沿いに歩くのが近道です。
「向島用水親水路」は、ウッドチップをセメントで固めてバリアフリー整備されています。

一時的に小雨が降ったので地面が濡れていますが、ウッドチップわかりますか?
雨が降った時に歩きやすい道とも言えますよね。
それと、自転車は降りて歩行してくださいとの注意書きもありました。

歩き始めるとまもなく「水車小屋」があります。
かつて、この日野の土地で利用されていた水車が再現されたものです。

小屋の中に入って水車の仕組みを見ることができ、木のテーブルとベンチで休憩できる
ようになっています。

ムラサキシキブがきれいです。
この道は間違いなく私の好きな散歩道のひとつになりそうです。

親水路の出口付近の林には、あちこちに曼珠沙華(彼岸花)が咲いていました。

この看板のある「ほほえみ橋」を渡ってすこし歩くと、高幡不動の駅にたどり着きます。
街ログ

向島用水親水路“向島用水親水路 ( 東京都日野市 )”の続きを読む>>





