都立武蔵野公園 (東京都小金井市)
東京都の各公園や街路に植える苗木を育てる苗圃(びょうほ)を
もつ武蔵野公園は、野川を挟んで両岸に広がっています。

園西部にある「くじら山」は、この公園のシンボル的存在。
「くじら山」は園西部に隣接する小金井市立南小学校を建てた時に
出た土砂を積み上げてできたもので、名は鯨の背に似ている形から。

くじら山前の「はらっぱ」で、毎年「武蔵野はらっぱ祭り」が催されます。
19回目にあたる今年は、11月4日(日)に開催されるようです。
詳細はこちら→ 武蔵野はらっぱ祭り http://the-harappa.net/

野川の北側には、苗圃と、スケートボードのための施設、
南側には、雑木林と、バーベキュー場があります。

木製テーブルセットの用意されたバーベキュー広場の利用は無料(8:30〜16:00)
また、公園サポート基金に500寄付すると一日使えるドラム缶コンロ(網、鉄板付き)
が数個ありますが、こちらは予約が必要です。
2007.10.28 撮影
画像はクリックで拡大できます。
街ログ
国分寺崖線ウォーキング
もつ武蔵野公園は、野川を挟んで両岸に広がっています。

園西部にある「くじら山」は、この公園のシンボル的存在。
「くじら山」は園西部に隣接する小金井市立南小学校を建てた時に
出た土砂を積み上げてできたもので、名は鯨の背に似ている形から。

くじら山前の「はらっぱ」で、毎年「武蔵野はらっぱ祭り」が催されます。
19回目にあたる今年は、11月4日(日)に開催されるようです。
詳細はこちら→ 武蔵野はらっぱ祭り http://the-harappa.net/

野川の北側には、苗圃と、スケートボードのための施設、
南側には、雑木林と、バーベキュー場があります。

木製テーブルセットの用意されたバーベキュー広場の利用は無料(8:30〜16:00)
また、公園サポート基金に500寄付すると一日使えるドラム缶コンロ(網、鉄板付き)
が数個ありますが、こちらは予約が必要です。
申込み・問合せ先
武蔵野公園事務所 TEL 042-361-6861
駐車場
130台(有料) 利用時間 8:30〜17:30
バス
JR武蔵小金井から 多麿霊園・多磨町行き 多磨町 下車徒歩3分
調布行き 武蔵野公園 下車
京王線調布から 武蔵小金井行き 武蔵野公園 下車
2007.10.28 撮影
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国分寺崖線ウォーキング不動橋 (東京都国分寺市)
3年前、私が東京都に移り住んだばかりでまだ土地鑑のなかった頃、
たまたま手に入れた国分寺市の案内マップを片手に、JR国分寺駅の
南口に出て、ビルの間を抜け、西にある殿ヶ谷戸庭園に沿って南に歩くと、
そこから、あまりにも急な坂道を下ることに驚きました。
それが、国分寺崖線(がいせん)との出会いでした。
多摩川の浸食によってできた段丘崖は、雑木林や湧水に恵まれ、昔から
土地の人々にハケと呼ばれて大切に守られて来ました。
多摩川左岸の崖線は一般的に、立川崖線(府中崖線)と国分寺崖線の
大きく二つに分類されます。

国分寺駅前の崖線を下ったところ国分寺街道沿い、元町用水と野川の合流点に
「不動橋」という橋が架かっています。

現在は木製ですが、かつては石橋でした。
橋の北側に庚申塔・石橋供養塔・不動明王碑があります。

石橋供養塔は、常に人に踏まれている石橋を供養する意味と、石橋を渡って
村内に疫病や災いが入り込むのを防ぐ意味がある と伝えられています。

不動明王碑もまた村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐためと伝えられ、
小さな石碑ですが、今でも花や絵馬が飾られ、信仰の対象にもなっています。

不動橋を南側に渡ると、「お鷹の道」を示す道標があります。
道標が指す右の方向、西へ、住宅地の中を道なりにしばらく歩くと
お鷹の道にたどり着きます。
2007.10.28 撮影
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街ログ
国分寺崖線ウォーキング
たまたま手に入れた国分寺市の案内マップを片手に、JR国分寺駅の
南口に出て、ビルの間を抜け、西にある殿ヶ谷戸庭園に沿って南に歩くと、
そこから、あまりにも急な坂道を下ることに驚きました。
それが、国分寺崖線(がいせん)との出会いでした。
多摩川の浸食によってできた段丘崖は、雑木林や湧水に恵まれ、昔から
土地の人々にハケと呼ばれて大切に守られて来ました。
多摩川左岸の崖線は一般的に、立川崖線(府中崖線)と国分寺崖線の
大きく二つに分類されます。

国分寺駅前の崖線を下ったところ国分寺街道沿い、元町用水と野川の合流点に
「不動橋」という橋が架かっています。

現在は木製ですが、かつては石橋でした。
橋の北側に庚申塔・石橋供養塔・不動明王碑があります。

石橋供養塔は、常に人に踏まれている石橋を供養する意味と、石橋を渡って
村内に疫病や災いが入り込むのを防ぐ意味がある と伝えられています。

不動明王碑もまた村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐためと伝えられ、
小さな石碑ですが、今でも花や絵馬が飾られ、信仰の対象にもなっています。

不動橋を南側に渡ると、「お鷹の道」を示す道標があります。
道標が指す右の方向、西へ、住宅地の中を道なりにしばらく歩くと
お鷹の道にたどり着きます。
2007.10.28 撮影
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国分寺崖線ウォーキングもみじ橋遊歩道 (東京都国分寺市)
地球温暖化の影響か、各地で桜の狂い咲きがちらほら見られるようです。
東京で紅葉が見頃になるのは、まだもう少し先になるのでしょうか。

JR国分寺駅周辺の喧騒を逃れて、ほんの5分ばかり歩くだけで、
もみじ橋遊歩道という静かな散歩道に出会います。

並木道を少し歩くと、もみじ橋という、野川にかかる橋があり、
その先は、楓の木のトンネルになっています。

このトンネルが紅色に染まるころに、また撮影に来たいと思います。
写真を楽しみにしていてくださいね。
初めて訪れるときは場所がわかりづらいかもしれません。
私の地図がお役に立てれば…。
2007.10.28 撮影
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街ログ
国分寺崖線ウォーキング
東京で紅葉が見頃になるのは、まだもう少し先になるのでしょうか。

JR国分寺駅周辺の喧騒を逃れて、ほんの5分ばかり歩くだけで、
もみじ橋遊歩道という静かな散歩道に出会います。

並木道を少し歩くと、もみじ橋という、野川にかかる橋があり、
その先は、楓の木のトンネルになっています。

このトンネルが紅色に染まるころに、また撮影に来たいと思います。
写真を楽しみにしていてくださいね。
初めて訪れるときは場所がわかりづらいかもしれません。
私の地図がお役に立てれば…。
2007.10.28 撮影
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国分寺崖線ウォーキングNASAが認めたボールペン
「宇宙空間で使用できるペンを」というNASAの依頼によって開発され
厳しい検査の結果、宇宙での使用に耐えうる唯一のペンとして認めらた
fisherのスペースペンです。

fisher SPACE PEN SV
普通のボールペンは、重力を利用してインクをボールの先へと落とし書く
ことができますが、無重力状態ではこの機能が働きません。
そこでこのスペースペンは、窒素ガスによって芯内の圧力を一定に保つ
特殊インクを使用するという革新的な技術で、その難題をクリアしました。
その結果、無重力状態だけでなく、水中、極度の暑さ寒さ(-34℃〜+121℃)
においてもスムーズに書くことができるペンとなりました。

fisher SPACE PEN BK
月面着陸の絵が描かれたパッケージが素敵です。
厳しい検査の結果、宇宙での使用に耐えうる唯一のペンとして認めらた
fisherのスペースペンです。

普通のボールペンは、重力を利用してインクをボールの先へと落とし書く
ことができますが、無重力状態ではこの機能が働きません。
そこでこのスペースペンは、窒素ガスによって芯内の圧力を一定に保つ
特殊インクを使用するという革新的な技術で、その難題をクリアしました。
その結果、無重力状態だけでなく、水中、極度の暑さ寒さ(-34℃〜+121℃)
においてもスムーズに書くことができるペンとなりました。

月面着陸の絵が描かれたパッケージが素敵です。
武蔵国分僧寺跡と現在の国分寺
奈良時代の天平13年(741年)、当時流行った疫病の平癒や政治の混乱を治めるため
聖武天皇の詔により、全国に鎮護国家を目的とした仏教寺院が建立されました。
武蔵国は、国府(現在の府中市)の北の広大な平地と東西に連なる丘とその麓に
豊かな湧水をもつこのあたり一帯が好適地として選ばれ 、僧寺と 尼寺で構成
される国分寺が建造されました。 その規模は全国でも最大級のものとされ
国府とともに武蔵国の政治文化の中心として栄えましたが、鎌倉末期の元弘3年
(1333年)の「分倍河原の戦い」で焼失しました。

僧寺の寺域内には、本尊を安置する金堂のほか、講堂、中門、七重塔、鐘楼、
東僧坊などがありました。 現在は金堂の礎石 を中心に公園となっています。

武蔵国分寺は焼失しましたが、 江戸時代の社寺保護政策により徐々に復興され、
1733年に本堂が建立されました。 現在の本堂は昭和62年に改築されたものです。

境内に入って右奥にある国分寺文化財保存館には、武蔵国分寺と国分尼寺全体の
復元模型や付近から発掘された石器や縄文土器などが展示され自由に見学できます。
また、境内は万葉植物園となっています。 これは、国分寺前住職星野亮勝氏が、
万葉集に詠まれている植物を集めたもので、植物ごとに例歌を記した立て札が
添えられています。

国分寺の前に、江戸時代の建築様式の楼門があります。
前沢村(現東久留米市内)の米津寺の楼門を明治28年に移築したものです。
2007.10.21 撮影
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街ログ
国分寺崖線ウォーキング
聖武天皇の詔により、全国に鎮護国家を目的とした仏教寺院が建立されました。
武蔵国は、国府(現在の府中市)の北の広大な平地と東西に連なる丘とその麓に
豊かな湧水をもつこのあたり一帯が好適地として選ばれ 、僧寺と 尼寺で構成
される国分寺が建造されました。 その規模は全国でも最大級のものとされ
国府とともに武蔵国の政治文化の中心として栄えましたが、鎌倉末期の元弘3年
(1333年)の「分倍河原の戦い」で焼失しました。

僧寺の寺域内には、本尊を安置する金堂のほか、講堂、中門、七重塔、鐘楼、
東僧坊などがありました。 現在は金堂の礎石 を中心に公園となっています。

武蔵国分寺は焼失しましたが、 江戸時代の社寺保護政策により徐々に復興され、
1733年に本堂が建立されました。 現在の本堂は昭和62年に改築されたものです。

境内に入って右奥にある国分寺文化財保存館には、武蔵国分寺と国分尼寺全体の
復元模型や付近から発掘された石器や縄文土器などが展示され自由に見学できます。
また、境内は万葉植物園となっています。 これは、国分寺前住職星野亮勝氏が、
万葉集に詠まれている植物を集めたもので、植物ごとに例歌を記した立て札が
添えられています。

国分寺の前に、江戸時代の建築様式の楼門があります。
前沢村(現東久留米市内)の米津寺の楼門を明治28年に移築したものです。
2007.10.21 撮影
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国分寺崖線ウォーキング武蔵国分尼寺跡と伝鎌倉街道
聖武天皇の詔により国分僧寺と共に建てられた国分尼寺の跡が、現在は、
JR武蔵野線沿いに、市立歴史公園として保存されています。

中門、金堂、尼坊跡の礎石もきれいに復元・整備され、開放されています。

このあたり、春には花見客でいっぱいになります。

武蔵国分尼寺跡に隣接する子供向きの遊具の豊富な黒鐘公園を通り抜けて
北側に、崖線を切り通した約120mの道が、鎌倉街道の名残として保存
されています。 鎌倉街道は、鎌倉時代に幕府から諸国へ通じる道として
整備された道で、武士たちは、この道を駆けて将軍のもとへ向かいました。

鎌倉街道の名は近世になって使用されるようになったもので、鎌倉時代当時
には武蔵国内を通過する道は上の道、中の道、下の道と呼ばれていました。
鎌倉以前に主要な道だった東山道と道筋の重なる上の道が、現在の鎌倉街道
にあたります。
2007.10.21 撮影
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国分寺崖線ウォーキング
JR武蔵野線沿いに、市立歴史公園として保存されています。

中門、金堂、尼坊跡の礎石もきれいに復元・整備され、開放されています。

このあたり、春には花見客でいっぱいになります。

武蔵国分尼寺跡に隣接する子供向きの遊具の豊富な黒鐘公園を通り抜けて
北側に、崖線を切り通した約120mの道が、鎌倉街道の名残として保存
されています。 鎌倉街道は、鎌倉時代に幕府から諸国へ通じる道として
整備された道で、武士たちは、この道を駆けて将軍のもとへ向かいました。

鎌倉街道の名は近世になって使用されるようになったもので、鎌倉時代当時
には武蔵国内を通過する道は上の道、中の道、下の道と呼ばれていました。
鎌倉以前に主要な道だった東山道と道筋の重なる上の道が、現在の鎌倉街道
にあたります。
2007.10.21 撮影
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国分寺崖線ウォーキング地球上の全生物を見分けるDNAバーコード始動
U.S. Frontline News
地球上で知られている約180万種の全生物を、DNA情報を基に誰もが簡単に
識別できる仕組みを作る試みが、日本を含む国際協力で動き始めた。
「生物DNAバーコード」計画と呼ばれ、既に3万4000近い種の情報が
データベースに登録された。 実現すれば食品の安全確保や感染症予防、
環境保全など、さまざまな目的に威力を発揮しそうだ。
目下の作業はデータ集め。 博物館などの標本からDNAを抽出し、バーコードに
なる塩基配列を登録している。 5年で約50万種を登録したい考えだが、
その次は、毛や葉などの断片を入れるだけで、種の名前や情報を画面に表示する
小型識別装置の開発を目指す。
詳しくは
http://www.usfl.com/Daily/News/07/10/1022_017.asp?id=55852
2007年10月22日 14:06 米国東部時間
今、ベストセラーになっている福岡伸一教授著「生物と無生物のあいだ」という本で、
DNAの研究には、長い年月のなかで数多くの科学者が関わってきたというところ
を読んでいる最中なので、このニュースにはとても興味を惹かれました。
→ 生物と無生物のあいだ 

→ 福岡研究室のホームページ
一方、DNAの二重らせん構造を解明した業績でノーベル賞を受賞したジェームズ
ワトソン博士が人種差別的発言をしたというニュースを耳にしたのもつい先日です。
彼のように賞賛され名を残している科学者の影で、自らの人生を捧げて長年研究に
明け暮れたのにも関わらずその名を知られることなくこの世を去った科学者たちが
数多くいたことを思うと、考えさせられます。
現代の科学者には過去の科学者の志を継ぎ苦労が報われるよう、未来の地球や
人々の健康や平和に役立つ研究を期待したいものです。
地球上で知られている約180万種の全生物を、DNA情報を基に誰もが簡単に
識別できる仕組みを作る試みが、日本を含む国際協力で動き始めた。
「生物DNAバーコード」計画と呼ばれ、既に3万4000近い種の情報が
データベースに登録された。 実現すれば食品の安全確保や感染症予防、
環境保全など、さまざまな目的に威力を発揮しそうだ。
目下の作業はデータ集め。 博物館などの標本からDNAを抽出し、バーコードに
なる塩基配列を登録している。 5年で約50万種を登録したい考えだが、
その次は、毛や葉などの断片を入れるだけで、種の名前や情報を画面に表示する
小型識別装置の開発を目指す。
詳しくは
http://www.usfl.com/Daily/News/07/10/1022_017.asp?id=55852
2007年10月22日 14:06 米国東部時間
今、ベストセラーになっている福岡伸一教授著「生物と無生物のあいだ」という本で、
DNAの研究には、長い年月のなかで数多くの科学者が関わってきたというところ
を読んでいる最中なので、このニュースにはとても興味を惹かれました。

→ 福岡研究室のホームページ
一方、DNAの二重らせん構造を解明した業績でノーベル賞を受賞したジェームズ
ワトソン博士が人種差別的発言をしたというニュースを耳にしたのもつい先日です。
彼のように賞賛され名を残している科学者の影で、自らの人生を捧げて長年研究に
明け暮れたのにも関わらずその名を知られることなくこの世を去った科学者たちが
数多くいたことを思うと、考えさせられます。
現代の科学者には過去の科学者の志を継ぎ苦労が報われるよう、未来の地球や
人々の健康や平和に役立つ研究を期待したいものです。




